取材メモ2001.10.24秋の三光院再訪記三光院料理歳時記

味探検82-味食クラブ6 東京新聞1998年8月27日掲載

三光院 竹之御所流精進料理後継者 西井郁さん

心なごむ尼寺の精進料理、ほのかに香る

スモーク豆腐

 インドのうさぎ。                       

 小金井市の尼寺三光院住職・星野香栄禅尼とフランス家庭料理研究家・西井郁さんとの出会いから生まれた豆腐の料理名だ。

 インドの古い物語に登場する献身と慈悲心を持つウサギが、火に身を投じ、月にのぼる話がヒントになったのだという。豆腐と味噌、オレンジ、ミントの葉。伝統的な精進料理の世界に新しい風が吹き始めようとしている。

 三光院で味わうことのできるのは、「竹之御所流精進料理」。京都嵯峨野の尼門跡・曇華院の別称が竹之御所。ここで育ち、伝統のみやびな御所風精進料理を習得した前住職・祖栄禅尼によって武蔵野の地で始められた。

 「フランス家庭料理を30年。次は日本文化としての料理を勉強したいと考えていたときでした。自然と一体化した素材の心をたいせつにして、四季のなごりまで表現してしまう世界にのめり込みました」と西井さん。3年前に2代目住職香栄禅尼に内弟子入り。現在は後継者として、香栄師の元で学びながら、三光院でハーブ料理教室も開催している。

 西井さんが料理してくれた3品は、るり色の揚げナスを二つ割り、ねり味噌にふりユズをかけた「ナスのおでん」。キュウリと細切り昆布を合わせ酢で漬けた「押しキュウリ」。サクラの香りがするスモーク豆腐。さりげなく添えられた茶葉や枝豆。

 色、形、味とが調和し、作る人と食べる人とが豊かに結ばれるための感謝の心にこそ、作り味わう楽しさがあるのだという。  (取材 中島満 写真 浅野いずみ)

レシピより

☆「スモーク豆腐」

@材料=もめん豆腐1丁、スモークウッド(市販のもので可)、ワサビ、塩適量。枝豆。A作り方=豆腐はふきんで包み軽く重石をのせ1晩冷蔵庫でしめる。蒸し器の下の段にいれたスモークウッドに火をつけ、上の段に網を敷き、しめ豆腐を入れ、ふたをすこしずらして1時間くんせい。約1時間なじませる。B食べ方=適当な大きさに切り、ワサビに塩を加えたワサビ塩で。参考書に、初代祖栄禅尼著『京都・竹之御所風おそうざい精進料理』(中央公論社刊)。

三光院の竹之御所流精進料理は、予約制で、2人から40名まで。12時来院。料金は、3000円、4000円、5000円のコース。飲み物は、冷酒のみ(2合瓶1000円)。価格はいずれも消費税別。このほかに、午後の抹茶タイム(午後2時〜4時)があり、お菓子とともに700円。いずれも、本堂左脇から北庭を通った十月堂内で椅子席で味わうことができる。休日は、毎週月曜、第3水曜、第4金曜、8月、12月25日〜1月10日。

住所・予約=〒184-0004 東京都小金井市本町3-1-36 電話042-381-1116。最寄駅はJR武蔵小金井北口。西武新宿花小金井から武蔵小金井行きバス「本町2丁目」バス停下車。

取材メモより

 三光院住職の星野香栄さんと、フランス料理研究家の西井郁さんとの出会いは、料理や味の世界に新しい風を送りこむことになった。

 もともと竹之御所流精進料理という和の料理と、フランス料理とが合体して新しい料理が生まれるというようなことがあるわけがない。西井さんの心のなかに、季節の素材を生かす和の料理への思慕のようなものがあり、香栄禅尼のほうからすると、西井さんに対して「自然と一体化した素材の心をたいせつにして、四季のなごりまで表現してしまう世界にのめりこんでしまいました」というこころを大切にする人物の評価があったからこそ、伝統の世界を西井さんに托して、精進料理の世界に新しい風を送りこめれば、という気持ちが育っていったのかもしれない。

 

 『ごま豆腐』という香栄禅尼著の手の平に入ってしまうような小さな本のなかで、ごま豆腐の極意とともに、西井さんのことについて触れている部分があるので引用しておこう。 (星野香栄著『ごま豆腐』1997年3月15日発行三光院)                              

 

 「 精進料理を代表するものにごま豆腐があります。最近では、かなり多くの料亭などでごま豆腐を饗しておられますが、それぞれに趣きがあってたのしいものです。
 ごま豆腐は、ごまのエキスと水と葛を熱して練り上げ、型に入れ、水で冷やして固めたものです。
 豆腐は中国から日本に渡来し、諸大寺などを通り、専門に商う人々によって作られ今日に及んで来ましたが、ごま豆腐はおそらく禅寺で工夫されたものがそのままお寺に残って来たものと思われます。なぜなら、その調理が極めて簡単なこと、作りかたが非常に努力がいることなどで、禅寺の典座の修行にこれ以上素晴らしいものはないからです。
 ごま豆腐は、かなり強火の上で、練って練って練りあげ、両手の指に血まめが出来るほど真剣に作らなければ、照りも腰の強さも生まれてきません。ぼくぼくしてすぐ割れてしまったり、ぐにゃぐにゃして柔らかく、力強さの無いものでもいけません。
 精進料理の一つのバロメーターとして、ごま豆腐を3年ほとんど毎日練ってみて初めて一つの到達点にたてるのです。
 ほんとうに解るのは、ざっと十年かかると思います。
 十年ごま豆腐の修行を重ねますと精進料理全般にわたって解ってきて、食作法や、生きることの尊さが見えてくると思います。そして更に、生涯かけてごま豆腐を練ることは、生涯かけて生きることを知ることです。
 それは、精いっぱい作ったごま豆腐は、作り終えると間もなく無くなってしまうという何とも空しくはかない命だからです。料理というものは、多かれ少なかれ、はかなく消えてゆくものですが、料理の中で、ごま豆腐ほど、このことを強く感じさせるものはないのではないかと思われます。
 一昨年、フランスの料理研究家の西井郁さんが精進料理を通して日本の文化を知りたいと尋ねて来られ、半年の見習い期間を経て内弟子になられました。そして門下生の人たちも郁さんについて弟子入りされ、三光院も賑やかになりました。その昔、お釈迦様のところへ舎利弗・目連の二人の聖者が、たくさんの弟子と共に弟子入りした古事を考えると、二代の弟子を迎え育てるのもよいかなと思っております。
 その弟子の中で一番若いお人、私にとっては孫弟子にあたりますが、昨秋より一年半の見習いを経て、ごま豆腐作りに入りました。大学の国文科出身で、痩せたどこかひ弱なお嬢さんで、最初はものをするのにもへっぴり腰、包丁は使ったことも無いようなお人でしたが、毎朝、庭の掃き掃除、お堂の拭き掃除。不器用なお掃除でしたのに、どうしたのでしょう、ごま豆腐を練り始めたその後ろ姿にはみじんのすきもなく、しゃんとして豆腐を練っているではありませんか。まな板の包丁さばきも一人前の音、これにはびっくり、関心して言葉もありませんでした。
 (中略)
 郁さんの料理観はすでに出来上がっていて、私がくどくど言わなくても、料理の生い立ちなどを説明すれば、たちどころに理解し、料理を作ることが出来ます。
 かえって、この私が料理のプロセスの在り方を教えられることが多くあります。
 難しい煮梅の料理法など、郁さんは修得されたフランス料理の料理法で、なんなく解決してしまわれ、洋の東西の違いはあっても精通された料理法はどこか似通っているように思えました。
 郁さんの精進料理の修行法は、こと細かに学んでゆくのではなく、自身で学び得た本来のものを自在に、展開していけば、おのずと精進料理が身について、マスターできるのではないかと思っています。郁さんのごま豆腐は、従来の禅寺のごま豆腐から一歩進んで、一般の方々が心弾ませてごま豆腐を作られる方法を選んでいるように思えます。
 禅寺のごま豆腐は御修行として見ているのですから、随分と厳しいものになり、一般の方々には近づきにくいものがあるのですが、その辺のところ、やさしい普通の考え方で、誰でもが心掛ければ出来るところとも言えましょうか、それでいて端正なごま豆腐の素養は充分にもっています。どんなによいものでも、人が作ってみたときに、余りにも厳しく遠い存在にならないようにしたいものです。(後略)」(星野香栄著『巻1 ごま豆腐』1997.3.15刊より)

 

 ぼくは、この文章を読んだ時に、人の出会いとは偶然とよくいうけれど、そうではなく、求めている人どうしが、邂逅する、そんな必然の要素が含んでいるのだなあと、思ってしまった。この取材で、ごま豆腐というものの奥深さをしり、また武蔵野の尼寺で試みられている、精進料理の勇気ある取り組みが料理の世界に吹きこもうとしている、すがすがしい風を感じた。

 

 武蔵野は、すっかり変貌を遂げて、住宅地の中に、ぽつぽつと残る樹林や、公園に、自然豊かだったむかしの面影がのこるだけになってしまっている。

 学生時代に読んだ国木田独歩の『武蔵野』でとても好きなフレーズが頭に残っている。

 

 「武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの道でも足の向く方向へゆけば必ずそこに感ずべき獲物がある。」

 

 玉川上水という江戸の人工築造物が、現代のなかに緑を残した。三光院の取材のあと、だいぶたって、玉川上水をさかのぼり、武蔵野の自然を捜し歩いてぶらぶらと味探検の散歩を続けていたら、ふと、みなれた樹林と寺門の前に出た。近くだなあとは思っていたが、しらぬまに三光院の門前に立っていたというようなことがあった。

 三光院の竹之御所流精進料理のコースを今度ちゃんと食べに来ようと思った。そのときの食事の感想を、またこの続きとして書くことにしよう。

秋の三光院再訪記

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三光院の料理で季節を味わう

三光院のお料理のメニューには季節のうつろいを感じさせてくれるこころがあるのかもしれない。出される料理のどれも、みかけはけっして手が込んでいる料理というものではないのだが、これまで味わったことのない新鮮な出会いがある。二度、三度と味を重ねると、料理を作り出すひとのもてなしのこころなのだと自然とわかってくる。名人上手の料理人の技が編み出した常人では再現できそうもない冷たいキレというものではなく、自分の家庭の食卓でも作って出してみたい、と、気軽に感じられる温かみのあるお料理なのかもしれない。

 〔秋の三光院再訪記 2001.10.24〕〔三光院のタケノコづくし 2003.4.〕under construction

 

三光院料理歳時記(三光院で味わえるメニュー…その年、その季節、日によって多少の変更があるそうですが、毎年の基準となるものだそうです。)

 1月  お節料理  お煮〆、おかべの茶碗蒸し、金銀富貴、木枯、一口吸物、あわふのおでん、ニャク天、小豆のおばん、香の物

 2月  節分料理  お煮〆、かぶら蒸し、ごまおかべ、木枯、一口吸物、あわふのおでん、おかべ天、豆のおばん、香の物

 3月  雛祭り料理  お煮〆、ごまおかべのくずとじ、セリと切り干しからもの、木枯、一口吸物、あわふのおでん、ニャク天、菜の花のおすもじ、香の物

 4月  降誕会料理  お煮〆、ごまおかべのくずとじ、竹の子の木の芽和え、木枯、一口吸物、あわふのおでん、竹の子天、竹の子のおばん、香の物

 5月  端午の節句料理  お煮〆、ごまおかべ、空豆と若芽、木枯、一口吸物、あわふの柏餅、ニャク天、竹の子のおばん、香の物

 6月  あじさいの料理  お煮〆、煮梅、インドのうさぎ、木枯、一口吸物、あわふのおでん、ニャク天、新しょうがのおばん、香の物

 7月  お盆料理  お煮〆、ごまおかべ、押しきゅうり、おなすの枝豆和え、一口吸物、おさつの白煮、ニャク天、おぞろ、香の物

 8月  お休み

 9月  お月見の料理  お煮〆、ごまおかべ、里芋のふりゆず、おなすのあちゃら、一口吸物、あわふのおでん、ニャク天、番茶のおばん、香の物

 10月  大黒様の料理  お煮〆、ごまおかべ、里芋のあんかけ、木枯、一口吸物、柿のおでん、ニャク天、大黒のおばん、香の物

 11月  落葉料理  お煮〆、ごまおかべ、吹寄せ、木枯、一口吸物、あわふのおでん、ニャク天、茸のおばん、香の物

 12月  成道会料理  お煮〆、ごまおかべのくずとじ、炒ぎんなん、おかぼのおでん、一口吸物、ほうれん草の海苔巻、ニャク天、はすの実のおばん、香の物

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