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MANABOOK NEWS LETTER


MANABOOK(まなの本)の刊行予定や、発行本の雑誌・新聞等で紹介された文章の転載、あるいは編集子による編集ノートを整理したものです。海の話・漁業権と海の利用についてのまなの本について感心を持たれたかたや、本の内容の詳細を知りたいかたは、お読みください。

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第1号(2000年1月)|第2号(2000年5月)|第3号(2001年5月)|第4号(2002年9月)  

◎第3号 20001年5月

特集・熊本一規著『公共事業はどこが間違っているのか?』

2000年11月に刊行された「公共事業はどこが間違っているのか?」の主な紹介記事・書評および論文等への引用紹介文を原則的に全文掲載した。


 も く じ 

「入会権」窓・論説委員室より/朝日新聞  〈哲〉

「現場から」/熊本日日新聞 〈南里秀之〉

「新刊抄」/東京新聞

「書評」/月刊漁協経営 〈山本辰義〉

「BOOK REVIEW」/私たちの自然(日本鳥類保護連盟) 〈有川美紀子〉

「書評」/環境と正義(日本環境法律家連盟)

「川辺川ダム計画に刺さった三つの「法のトゲ」」 保屋野初子

「瀕死の海が伝えたこと―有明海、諌早、不知火海の漁民たち」 高橋ユリカ

このほか、「週刊金曜日」「週刊現代」「[女性の本]の情報誌 Woman’s EYE」等に紹介されました。


朝日新聞・2000年12月11日夕刊「窓」―論説委員室から

入会権

 「入会(いりあい)権」という言葉が現代の暮らしに登場することはめったにない。せいぜい里山保存運動などで「昔の入会地だった雑木林が、たきぎに利用されなくなって荒れてしまった」という話を聞く程度だ。

 海の入会権ともいうべき漁業権も、埋め立てに際して「札束と引き換えに、漁民が海を売った」などとマイナスイメージで語られることが多い。

 そんな時代に一石を投じる本が出た。明治学院大教授の熊本一規さん(51)が書いた『公共事業はどこが間違っているのか? 早わかり 入会権・漁業権・水利権」(まな出版企画)だ。

 一言でいえば、これらは農民や漁民が江戸時代から海・山・川を集団で管理し利用してきた権利であり、現代でも住民が無駄な公共事業に対抗するうえで大きな力になる、という内容である。

 かぎになるのは「総有」という法律概念だという。近代法の共有や法人所有などと違って、入会集団が持つ権利で、かつ構成員一人一人が利用できる権利である。売買できないし、全体の合意がなければ権利を消滅させることもできない。

 熊本さんは一九七〇年代に鹿児島県の志布志湾開発反対運動にかかわって以来、漁業権問題にのめり込み、漁業法の最高権威といわれた水産庁OBの浜本幸生さん(昨年十一月死去)の教えを受けた。

 いまは、熊本県の川辺川ダムに反対する漁民たちの理論的支柱となっている。実践活動で突き当たった問題への解答が今度の本ともいえよう。

 「入会的権利は開発側や裁判所にないがしろにされ、住民もよくわからないまま押し切られてきた。権利の性質を正しく認識すれば、国土を守ることができる」と熊本さん。

 立場を異にする開発側にも一読をお勧めしたい。〈哲〉

 

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熊本日日新聞・2000年12月10日(朝刊)主張解説欄

 

デスクノート・現場から―公共事業の在り方……南里秀之(文化生活部)

 

 建設省が球磨川水系に計画中の川辺川ダムに反対している明治学院大教授の熊本一規さんから、近著をいただいた。熊本さんと知り合ったのは、十五年ほど前の東京支社勤務時代だった。
 同郷(佐賀県)の先輩で、いかに合法的に公権力と対決するかのヒントを教わった。
 事業現場に足しげく通うとともに、政府や地方自治体が発行する資料や記録、裁判所の判例といった公権力側の情報を幅広く集めて、こと細かに分析。
 その過程で問題点や矛盾点を突きとめて指摘するという手法だが、私も大いに取材の参考にしている。
 いただいた『公共事業はどこが間違っているのか?』(まな出版企画)も例外ではない。江戸時代に形成された財産権である入会権、漁業権、水利権を「武器」に、農民や漁民、一般住民が無駄な公共事業に異議申し立てをするよう訴えている。環境や財政面からだけの従来の公共事業批判とはひと味違う。
 ただ、熊本さんは開発にやみくもに反対しているのではない。古来からの生態系を大切にした「持続的な開発」も併せて提起している。
 今、地方では公共事業を地域経済のカンフル剤として歓迎する向きが少なくない。しかし、カンフル剤も長期打ち続ければ体がぼろぼろになるのと同様、地域経済が公共事業依存体質に陥り、従来からの担い手である農林漁業が壊滅、地域社会も崩壊しかねない。
 公共事業の在り方を、あらためて考えさせられた。

 

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東京新聞・2001年1月21日(朝刊)読書欄

 

新刊抄

 

 公共事業に対する国民の批判が高まっているが、見落とされているのが入会権(いりあいけん)・漁業権・水利権の存在。地域の山・川・海にかかわりながら定住している農民・漁民・住民が、地域の自然を管理し利用するという江戸時代から続く権利だ。自分たちの力で行政や裁判所や学者を監視し、無駄な公共事業をストップさせるべく、Q&A形式でこれらの権利についてわかりやすく解説。(まな出版企画発行、れんが書房新社発売・2100円)


 

月刊漁協経営(漁協経営センター)・2001年1月号

 

書 評

 

 熊本一規氏は明治学院大学教授で専攻は環境経済・環境政策・環境法規。漁業権・入会権・水利権・公有水面埋立法等の研究を通じて公共事業の間違いを追求し,農林漁業者や住民の立場に立って社会のあり方を提起してきた。
 本誌にもたびたび「漁業権」問題を寄稿して頂いた。『コモンズの海』(学陽書房)で評者も一緒に研究させてもらった経緯がある。
 いま、膨大な額の予算を投入する 「公共事業」に疑問の声が湧き起こっているが、Q&Aの対談形式で、その間違いを究明しようとしたのが本書である。
 公共事業を考えるときのキーワードとして「入会権、漁業権、水利権」という「総有の権利」にスポットがあてられている。「総有の権利」は漁業関係者として必ず知っておくべきことである。
 農林漁業は公共事業によってうるおっているだろうか?、否といわねばならない。熊本氏は「公共事業は一時的なカンフル剤に過ぎず、長期的には体力がぼろぼろになり、その悪循環は農林漁業を壊滅状態に追い込む」という。そして公共事業はしばしば財産権、なかでも入会権・漁業権・水利権を侵害して行われているという。
 本書の構成は、第一篇公共事業と総有の権利で、公共事業といかに闘うか、入会権が環境を保全する、総有の権利は誰のものか?、埋立・ダムと漁業権、「補償」とはなんだろう?、ダムと埋立をめぐる各地の事例の四章から成り、第二篇早わかり[Q&A]は、漁業権はどんな権利だろう?、埋立・ダムと漁業はどんな関係?、漁業権とはなんだろう?の三章から成る。
 巻末の「文献」、「最高裁平成元年七月十三日判決抄」も参考になる。
漁業補償や合併漁協の漁業権問題を考えるうえで欠かせない一冊である。(評者 山本辰義)

 

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「私たちの自然」(日本鳥類保護連盟)2001年4月号

 

BOOKREVIEW 読んでみよう

 

 入会権、漁業権、水利権……。知っているようで知らない、住民が有するこの権利、実は不必要な公共事業をストップさせる超有力な武器だった!
 どのポイントをどう理解すればいらない公共事業を止められるか、Q&A形式で分かりやすく解説されている。環境破壊に心を痛めるすべての人に読んでほしい。
 後半には日本各地の事例がこれらの権利の守り方とともにまとめられており、参考になる。(有川美紀子)

 

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  「環境と正義」(日本環境法律家連盟)2001年5月号  

 

書評……編集者のつぶやき(自選書評)

 

 いま、巨大予算を投入する「公共事業」について疑問の声が日本中で湧きあがっている。農業用地確保、災害防止、利水をうたった干拓、ダム、可動堰建設などの公共事業は、本当に必要なのか。本書は、こんな「公共事業のどこが間違っているのか」について、対談形式でわかりやすく検証、解説している。
 本書は、公共事業を考えるキーワードとして「入会権・漁業権・水利権」という「総有の権利」にスポットをあてた。公共事業にストップをかける力を持つ「総有」とは何かを「コモンズ行動学」として提起した、これまでの公共事業批判の書にはない、新しい試みを提示した意欲的書である。
 公共事業が計画実施される土地や川・海や森、里山には、古くから、農山漁民・住民みんなの権利である入会権や漁業権という、共同して管理、利用する権利が存在し維持されてきた。そして、こうした農山漁民や住民の権利が、国土や環境を保全し、守り続ける役割を担ってきた。
 ところが、「総有とはなにか?」を考えたとき、その権利の内容、意味や効能について、難解で複雑であることから、権利者のみならず、行政や法律の専門家すら正確に理解がされてこなかった。これゆえに、まちがった法の運用や、判例がまかりとおってきたのである。そればかりか、わかりずらい権利に対し、古臭くて封建的な性格と誤解したり、消滅すべき権利とする動きすらある。
そのもっとも顕著な例が、平成元年7月13日最高裁第1小法廷判決である。漁業補償金の帰属と配分をめぐる最高裁判決の判決の骨格を成す「共同漁業権は入会の性質を失った」とする判示は誤りだらけの理解で導き出された驚くべき誤審であり、著者熊本一規氏や、漁業法解釈の権威浜本幸生氏らが、同判決の誤りを指摘する論文を発表してきた理論的成果を、わかりやすい解説で本書は公共事業批判として展開をしている。
 本書を読むと、読者は、日本の国やアジアの国々に昔から根付いてきた総有的性格を持つ権利が、じつは、現代、あるいはこれからの社会経済に、とても大事な役割を担う権利であることに気付くだろう。
 そして、この「総有」の権利が、ときに間違いだらけの公共事業をストップさせるカギを握ることになる、ということについても、理解するはずである。
 豊かな物の氾濫する時代に生きて来たマチに住む現代人たちが忘れかけてきた、農林漁業を営む人たちが中心にくらすムラのこと、森や海や、人々が自然と交流し暮らしつづけることによって育んできた里山のようなムラやマチ周辺部の環境が、「総有」の権利の存在抜きに維持存続できないことを、本書は、公共事業批判という視点からみごとに描き出した。
 朝日新聞「窓」(12年12月11日)欄で「入会権」という見出しで、「時代に一石を投ずる本」「立場を異にする開発側にも一読を勧める」と、本書が紹介された。海や川や水にからむ公共事業問題には、「総有の権利」への侵害が行われているという事実に目をそむけてはならず、この視点によって、真に、公共事業批判を、市民レベルの運動によってのみでなく、農林漁業者の行動を伴うことによって、開発サイド(官も民も)の再考を引きだし、市民が求める公共事業や環境政策の新たな枠組みづくりへのステップにつながるはずである。環境を考える法律専門家にとって刺激的な書であるのかもしれない。<四六判272頁、本体価格2100円、●発行=まな出版企画(電03-3319-3127)●発売元=れんが書房新社(電03-3358-7531)>

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 「世界」(岩波書店)2001年5月号 

ドキュメント 瀕死の海が伝えたこと

―有明海、諌早、不知火海の漁民たち                 高橋ユリカ

 2001年2月28日、球磨川(くまがわ)漁協の通常総代会は川辺川(かわべがわ)ダム本体着工に伴う16億5000万円と提示された補償交渉締結議案を否決。ダム建設に「ノー!」を突きつけた。
 国土交通省は、本体着工について最後に残された法的手続きが暗礁に乗り上げるという「建設省」時代には経験したことのない状況に直面した。土地収用法に基づく事業認定がされてはいるが、年度内に強制収用は難しく、昨年度に続いて川辺川ダム本体着工が不可能となった。
 3月1日には、ピケをはって諌早(いさはや)干拓工事の阻止行動に出ていた福岡・有明海漁業協同組合連合の荒牧会長をはじめ漁民270名が上京。昨年末から異常発生したプランクトンで火急の事態となったノリ被害が諌早干拓工事にあるとして「工事の中止」と「水門開放」を谷津義男農水大臣にストレートに要求した。
 ノリ養殖の地元、大牟田出身の自民党古賀誠幹事長は、根拠もなく福岡の漁民に水門開放を約束する。
 2日には、佐賀県の漁連会長らも上京。三日には、谷津大臣が「水門を開けて調査するかどうか」を託した「第三者委員会」として、「農水省ノリ不作等対策関係調査検討委員会」が、緊急に召集されるという慌しさであった。
 世紀が変わった年はじめに起こった大規模な「ノリ異変」は、「宝の海」と呼ばれた豊かな有明海が、今や瀕死の状態にあることを全国に伝えた。理由は諌早干拓のみではないだろうが、飽和した負の環境にとどめをさした可能性は高い。
 有明海の状況と漁民たちの行動に刺激されて立ち上がったのが、不知火海(しらぬいかい)の漁民たちであった。水俣病に苦しんだ時代を経て、我慢に我慢を重ねてきた不知火海も、また瀕死に近いという。
 不知火海沿岸37漁協が「川辺川ダム反対」 に結束。球磨川漁協の補償交渉否決に向けて後押しをすることになった。


 球磨川漁協内部での闘い

 球磨川漁協は、年間400万尾の稚鮎を放流し、「球磨川鮎」ブランドとして名を馳せる、平年漁獲金額にして15億円にものぼる一大産業である。その球磨川鮎の質の良さを支えるのが、98年度環境庁調査で日本一のお墨付きをもらった川辺川の水質であった。
 それだけ鮎放流事業に力を入れる球磨川漁協の川辺川ダム絶対反対は不思議ではないはずだが、通常総代会での議決は、100名中反対が40名とダム反対派には、三分の一を満たしたぎりぎりの勝利であった。実は、現組合長はじめ執行部が率先して「ダム推進派」なのだ。
 そもそも、この通常総代会で補償交渉締結について採決されることが、正常な組合運営からはずれた違法な事態であったと、「否決」 で勝利を得たものの、反対派の組合員たちは憤っている。
 球磨川漁協は、2000年8月末までは、ダム反対派理事が明らかに過半数を占めていた。ところが、推進派の要望で開かれた臨時総代会で反対派理事のみがリコールされるという事件が起こったのである。組合長に就任したのは、金融業を営む木下東也氏である。いつの間にか、新しい理事は、鮎漁に関係のない人ばかりになっていた。
 「世にも不思議な話だった……推進派理事は、一足先に辞任をしてリコールを免れるという、何らかの策略があったとしか言えない事態でした」と、元反対派理事でつり名人の塚本さん。
 その後、あれよあれよという間に「補償交渉委員会」 ができ、秘密裡に補償額の交渉が行われていたのである。
 反対派は、補償交渉入りを決定した臨時総代会の決議を残すべく、総代会よりも効力のある組合員全員による総会の開催を請求していたが、木下組合長以下理事たちは、水産業協同組合法違反を覚悟で総会を開くことを拒み続けた。
 建設省はそのことを知りつつ、違法な補償交渉委員会と話し合いを重ね、指導をすべき立場にある熊本県漁政課は知らん振りを決め込んだ。
 球磨川漁協では、昨年の夏までに1800名の全組合員にアンケートをとって、ダムに反対する組合員が過半数であることを確認していたのである。
 そこで、新執行部は、なんとか金銭的な根回しが効く100名のみの総代会で議決することを主張したのではないかと言われている。だからこそ、採決について執行部は「記名式」にこだわった。
 総代会当日も、「記名式」採決を強引に進めようとする議長への反発で、議長が交代。結局、無記名式になったが、ここまで推進派がこだわった総代会だったにもかかわらず、補償交渉締結が否決されたのである。
 全国の漁協で、公共事業の補償交渉の際には、漁民ではない組合長や市町村長ら事業推進の手伝いを請け負った地域ボスの懐が豊かになるという噂は後を絶たない。補償金額が公表されず一部がどこにいったのかわからないこともある。

 漁業権・水協法という武器

 「川辺川・球磨川を守る漁民有志の会」を結成したダム反対漁民たちの闘いを支えたのは、99年夏から始められた漁業権と水協法(水産業協同組合法)の草の根学習会である。
 漁業権について詳しい明治学院大学の熊本一規教授が、「組合員全員の同意がなければダムはできない」「補償金を受け取るのは漁協ではなく組合員一人ひとりである」と漁民たちに説いて廻った。
 川の漁だけで生計を立てられる人は少なくなった。漁業権を消滅させられても惜しくないと思う人を増やしてきたのは、こうした河川環境の変化である。球磨川とて、球磨川本流にある三つのダムなどによって川を傷めており、昔日の手づかみで鮎が山ほども獲れるようなことはない。どうしてもダムに反対したいと強い思いを抱く漁民や市民がいる一方で、「国がやることに反対しても、しようもなか」というのが多くの人の心情でもあった。
 そこに、熊本教授がやってきて、「組合員の一人でも賛成しない人がいればダムはできません」と、喝破したのである。
 この言葉を聞いた元組合長で、83歳という高齢ながら矍鑠(かくしゃく)として反対派組合員の支柱となっておられる三室勇氏は、1950年代に球磨川本流の上流に市房ダムができるときの補償金締結の署名簿を探し出した。
 「確かに三分の二の組合員ではなく、ちゃんと全員の署名がありましたね」 反対派漁民たちは、市民の応援も得て、ともかく補償契約について委任状に署名をしないようにと運動を展開した。
 川漁師四代目で「川辺川・球磨川を守る漁民有志の会」代表の吉村勝徳さんも、「これなら絶対にダムはできん。一人になっても最後まで闘うことができる」と、勢いづいた反対派の思いを語った。
 こうした説明を「一学者の私見にすぎない」という建設省やダム推進派の発言に、熊本教授は水産庁から幾度も見解を取り続けた。
 2000年8月2日には、水産庁は、「補償契約の締結にあたっては関係組合員全員の同意をとるように、との通達に基づく指導は今後も引き続き行う」 などの確認をしている。
 「ダム反対するには裁判しかない」「強制収用されたら補償金がもらえない」 など推進派からは度々デマ情報が流されたが、それらにも反対派は正しい法的知識を広めて対抗した。
 また、熊本教授は、建設省・国土交通省に対して、昨年8月から「公共事業をチェックする議員の会」議員同席で3回のヒアリングを重ね、「補償金は、ダムによって損害を受ける関係漁民が受け取るのであり漁協ではない」と迫った。
 民法の神様として知られる我妻栄氏が1977年に出した鑑定書でも、「補償金は入会集団(実在的総合人)の総有の財産である」としている。(詳細は、『公共事業はどこが間違っているか?―早わかり入会権・漁業権・水利権』熊本一規著・まな出版企画・れんが書房新社発売・参照) 熊本教授が水産庁から見解を引き出したり、ヒアリングをする必要があったのは、建設省が長年漁業法を都合のいいように解釈し、漁民の権利を踏みにじってきたからだった。
 川辺川ダムでは、工事期間のみ鮎漁に影響が出るが、ダムができてからは「水質保全に努力」をするので影響がない、というのが国土交通省の姿勢である。そして、提示された影響補償額は、約11億円だった。(残りの5億5000万円はダム湖底になる五木村漁民の消滅補償)
 「組合員一人あたりたった50万円で川を売れるか」と、漁民が市民の応援も得て、啖呵を切る時代になったのである。

 不知火海沿岸37漁協

 熊本県では、2001年元旦に、ノリ漁民たちによる海上デモが行われて以来、地元紙は、連日ノリ被害と諌早干拓関係記事で埋まった。
 大牟田市のすぐ隣の荒尾市でもノリはほぼ全滅だった。
 こうした事態に、「有明海の二の舞になったらいかん」と、不知火海漁民たちが抱いてきた川辺川ダムに対する不安が一挙に噴出した。
「皆、心配はしとったですよ。ただ、どうやって、それを公にしていくのかでしきらんかった。それが、有明海の漁民の動きで一気に結束することになりました」と語るのは、「不知火海沿岸漁協川辺川対策委員会」に就任した鏡町漁協の官本勝組合長である。鏡町漁協もノリとアサリが中心で、組合長もノリ養殖を営む。被害のなかった不知火海では、ノリ養殖業者に忙しい日々が続いていた。
 不知火海に注ぐ唯一の大河川が球磨川である。球磨川がどれほど海に影響をもつものか、漁民は骨身に泌みて知っている。市房ダムからの放流は、泥水の川となって不知火海を流れて対岸の天草にまで届くという。「水と潮の境のところでチャボチャボ音をたてながら流れていくっですよ。毎年、梅雨時の大放流があると、その後の暑い日照りで赤潮になる」と、天草・姫戸町の山下純二さん。
 昨年の赤潮はことさら大きく、沿岸の鯛や平目の養殖場では、逃げられない魚たちが被害にあった。
 1950年代、球磨川中流に県営の小さな荒瀬ダムができたときにも、工事が始まった途端に河口の八代ではノリ養殖がすっかりダメになった。そのときにも事前に説明がなく、抗議をしたものの一切補償が行われなかったと、八代漁協の淪信雄組合長は過去を振り返る。問題は昔のことではない。
 不知火漁民たちが迫ったことで、2月18日、これまで川辺川ダムについて一切の説明をしてこなかった国土交通省は37組合長たちに初めて説明をした。
 川辺川工事事務所の金尾健二所長は、紋きり口上のように「ダム工事は海には影響がない」と繰り返した。
 「ダムができても、海に流れ込む水量に変化ないなんて、幼稚園児をだますようなことを言っておった」と、鏡漁協の中村一秀参事。「貯めていっぺんに流す水が悪かあ。そぎゃんこつ頭よか人たちが、どうしてわからんだろか」と、散々である。
 納得のいかない漁民たちは、翌19日には、総決起集会を鏡で開催。1000人の会場に1900人もの漁民たちがおしかけて溢れかえるという騒ぎになった。
 21日には、潮谷義子熊本県知事に要望書を手渡す。これまで、反対派の球磨川漁民や農民、市民がどんなに懇願しても会うことができなかった知事との面談は、超特急でセッティングされ、海の漁民の支持基盤とする背景を見せた。
「自然の恵みを生み出す干潟や浅海は、球磨川が上流から運ぶ栄養と水量と土砂によって形成され、不知火海すべての生き物の産卵や稚魚の育成場所になる。球磨川に荒瀬ダムをはじめとするダムが建設されるたびに、藻場や干潟が減少するのを見てきており、それにあわせて漁獲量が年々減っており大変な危惧を抱いております……」と、たった今なら間に合う、このままでは死の海と化す不知火海を救いたいと訴える宮本会長の知事への言葉は、真剣そのものであった。
「事前の環境影響調査の結果が検討、評価されるまで、ダム建設に着手しない」ことが要求項目として挙げられた。

 国土交通省のたくみな言葉

 不知火沿岸漁協の組合長たちは、2日後の23日にダムサイトの見学と川辺川工事事務所への申し入れを決定。
 地元を案内したのは、ダムの水はいらないと農水省相手に裁判を起こしている農家の人たちであった。
 金尾健二所長は、すっくと立ち上がって「川辺川ダムについては、河川への影響を極力軽減するための方策をとることとしており、結果として、八代海沿岸への影響はほとんど生じないであろうと考えておるところです」と、調査結果を伴わない「考え」だけの答弁をする。
 八代漁協の平田剛さんが、海と川の境はどこかと質問をした。
 「工事箇所に雨が降って海水が生じて河川内を通過していく間に濁水の成分は徐々に沈んでいくので、その影響は河川内に収まり八代海へはいたらないという予測結果に基づいての補償です」と、金尾氏は、質問が耳に入らないかのように、不思議な説明をする。
 平田さんが、地図を要求して用意されることになった。河口には、海と川の境を示す地点に建設省の標識が立てられている。球磨川にも、その標識が両岸にあることを、私は平田さんと確認していた。
 平田さんは、その境から上流2キロの地点で青ノリの養殖をしている。のびやかに流れる球磨川の両岸辺に養殖場は見えた。潮の満ち干であいまいな河口などではなく、れっきとした球磨川の中である。しかも、その漁業権は「区画漁業免許状」として熊本県知事から八代漁協に免許されたものであった。
 工事の影響がたとえ海にいたらなくても、川の中で養殖する平田さんは、当然、球磨川漁協の組合員同様に影響補償を受けられるはずである。
 地図で確認をした金尾氏は、一呼吸おいて文言を変えて回答をした。
 「どのように被害がでるか予測をして被害のある範囲においては補償をするということにしておりますが、そこまでは影響がない……」 平田さんは、さすがに怒る。
 淪八代漁協組合長も、「ここまでが川とはっきりおっしゃった中に漁業権がある八代漁脇と補償交渉をしないのはおかしい」とつめよるが、金尾氏は、「海までは」という言葉を「そこまでは」と置き換えて「影響がない」と繰り返す。
 川の中で、線をひかれたようにきっぱりと影響がなくなるというわけである。
 しかも、あたかも漁民の希望を取り入れるかのように「調査につきまして、お申し出を踏まえて海のほうもモニタリングをしていくと前向きに検討していきたい」という。工事をしながらモニタリングをするというのである。
 「それは、本体着工前ですか?」と、鏡漁協の中村参事の鋭い一言がとぶ。
 「いや、本体着工につきましては、本年度着工という皆さま方の強い要望がございまして……」という言葉は、組合長たちの非難の声にかき消される。
 その後、本体工事ができないことがわかって「着工前の調査をする」と扇千影国土交通省大臣は返答をしたが、海の漁民のためにということを考えていないらしい趣旨は、金尾氏と変わらない。
 「不知火海は、すでに瀕死です。家庭排水や化学物質などを含めて現状を調査が重要。世紀も変わったことだし、ここらで漁民が自らの海を真剣に守っていくことを考えなければ……川辺川ダムが止まってからも、この団結をそのまま海を守っていく力にしていきたい」と、姫戸漁協の松本組合長は決意を語る。
 不知火海沿岸37漁協の組合長は、すべて漁民出身で団結は固い。「補償金が欲しいのではない。海を守りたいのだ」と口を揃えて強調する。町長や町議会議長もいて、公共事業の経済的役割を知らないわけではない。
「自分はどちらの仕事にも関わっている。でも、出身は漁民。海を守る漁民の立場を優先して考えたい」と、天草新和町の浜悦男町議会議長・新和漁協組合長はきっぱりと言った。
 「壊してしまった海を再生するのに、どれほどの努力がいることか。海は簡単に元に戻らない」と、水俣漁協の岩崎巧組合長。苦い経験を潜り抜け、海の再生に努力を重ねる日々に「体験した者として、こんどばかりは降りられん」と、川辺川ダム反対の決意は固い。
            *
 22日、福岡漁連からは荒牧巧会長を先頭に1500人もの漁民が熊本市の九州農政局におしかけていた。「宝の海を返せ」と染め抜かれた鉢巻をしめて、工事中止と水門開放を求めた抗議は、任田耕一局長が谷津農水大臣に直接電話をするまで続いた。
 ノリ業者にとっては、春から夏にかけてが水門を開けるタイミングで、水門開放で汚水で悪くなると想定される状態もあえて受け入れるということでの要求で、「さもなくば一切、調整池の悪化した水は流さないでくれ」と言う。
 彼らの究極の願いは、潮受け堤防を撤去して諌早を元の干潟に戻し、有明海を再生することである。

 諌早干拓工事の影響

 有明海の漁民たちは、1986年の環境アセスの結果から「諌早干拓工事の影響は軽微」と言われていたのである。しかし、87年に工事が開始された直後から予想された以上に漁業への影響は顕著だった。
 1960年代には「長崎大干拓」、70年代には「南総事業」と呼ばれていた事業に有明海漁民は激しい反対運動を続けていた。82年にはいったん事業中止を勝ち取ったものの、翌年には、「諌早防災干拓事業」が立ち上がる。
 潮受け堤防脇の長崎県小長井漁協は、最後まで事業に反対し続けた。「それでも調印せざるを得なかったのは市民の財産・命を守る防災が目的と言われてやむなくだった。やっと納得したのは、海が残ると言われたからだった」と、森文義元小長井漁協組合長。
 目の前は、高級貝として知られるタイラギの漁場としてずば抜けた漁獲を誇る、まさに宝の海だった。命をかけて潜水する「もぐりさん」の稼ぎは少なくとも年間2000万円にもなった。反対は当然であった。
 試験堤を作るという名目で実質的に潮受け堤防の真ん中から工事が始まった。
「環境に配慮するからと海底を傷めない小型のダンプ船がピストン輸送をするという約束だった。漁場で仕事ができないかわりにその仕事を引き受けるということで、小長井の漁民は操縦練習までしていた。ところが、始まってみたら大型の輸送船がどんどん来る。わしらは、だまされたんや」と、森さんは憤る。
「87年に工事が始まる前に資源調査をしたところ、重なり合うようにたくさんタイラギの稚貝があり、その年は一人で1500万円くらいの水揚げが予想されていた。その稚貝が全滅……タイラギの大量死は続く被害の始まりだった」
 2回目の大量死の際に農水省が立会い調査をした。10分間もぐってたった10枚獲れたタイラギのうち、3枚が死んでいたのをもって「7割は生きていた」と結果が報告された。
 「10分間もぐったら、600個だって獲れた。熟練者だったら手かぎで1秒に1個獲る、そんな海だった。10分に10個では、全滅と同じ」と、森さんは結果報告に呆れた。
 「これでは、堤防ができたときにはほんとうに全滅すると農水省に抗議をしたら、『死ぬかもしれないという理由で事業はやめられない』という。補償金は、漁業に多少の影響があるという理由でのもので、漁業権消滅のことではない」「しかも、タイラギがだめならと補償金で、捨てるほどいたコノシロを使ってかまぼこを作ろうと工場を建てたが、なんと、あれほどいた魚も一匹もいなくなった。アサリの養殖も、入れても入れても死滅する。金を稼ぎ出す海がなくなってしまって、どうにもならずに借金がかさんだ」と、森さんはどれほど痛い目にあったかを一つずつ数え上げ説明する。
 海がダメになると、最後まで反対し続けた森さんでさえ想像しなかったほどに海は死んだ。彼の失敗は、彼の事業の失敗ではない。ここまで魚がいなくなることを予測し得えなかった農水省の失敗なのだ。
 たしかに埋め立てられずに海は残った。しかし、魚が一匹もいない悲しい海になっていた。
 それでも、海はのどかな日和に美しいきらめきを見せる。小長井町町長室からは、春の陽に映える海が一望できた。
「国がしっかりと調査をして出した環境アセスなんでしょ。影響は軽微であるという、その結果を信じるしかなかったじゃないですか……でも、アセスで予測された海の状況と今は、あまりに違いますねえ」と、古賀忠臣町長。県庁職員から町長になって4期目。漁民共々事業に反対はしない。なぜなら「行政が漁業者にどんな対応をしてきたかに触れざるをえないので、町長の立場ではいえない」という。
 森文義さんは、反対を続けていたある日、干拓事務所所長に1月70万円でゼネコンの技術顧問をと依頼されたが断った。海から稼げなくなった漁民たちには、さまざまに工事の仕事が用意され反対を言えない漁民が増えた。
 しかし「農水省は締め切り前と、水質はあまり変わらないと報告する」と漁民たちの不満は大きい。アサリの養殖をやっているが、うまくいっていないという。
 3月22日の調査の際に、初めて汚水が流される様子が全国報道された。勘違いしやすいが、「水門開放」といわれる以前、昨年9月から、農水省は毎日のように、調整池にたまった水質基準をはるかに越えた汚水を、20万〜50万トンも流しているのである。
 それでも小長井漁協が「水門開放反対」を訴えるのは、漁民たちも工事に従事せざるをえない日常があり、工事中止は困る。
「ずっと事業に反対をしてきて泣く泣く小長井は調印しました。防災ということで、やっとのことで受け入れた干拓事業です。それを今、水門開放、工事中止だなんて、小長井町にまた泣けということですか」と、古賀町長は語る。彼は、むしろ漁民たちの反対を収めて、事業を推進する努力をしてきた人だとも聞く。
 それでも、組合員たちは好きだった漁業への夢を絶ったわけではなかった。
「工事が終われば、漁場も落ち着くだろうし、また、経験から知っている新たな干潟ができることを期待する」と、新宮隆喜組合長は語る。昔ながらの地先干拓ならばできたであろう干潟も、近代工法で出来た干拓地にはでざるはずもない。
 干潟を再生せずに昔の宝の海は戻るだろうか。このままでは、漁業への夢は夢でしかない……
「最後にダメ押しされたのは、環境アセスの結果だったわけですよ」と森さんは、漁民をだまし続ける農水省が許せな いと、工事関係の仕事に就くことを一切拒絶して、裁判で損害賠償を訴えることにしている。

 第三者委員会に何を任せるのか

「農水省ノリ不作等対策関係調査検討委員会」 すなわち「第三者委員会」の第1 回目は、15名の委員たちにこれまでのデータなども渡されておらず、谷津大臣と自民党古賀幹事長が発言した「第三者委員会で水門開放を決定してもらう」ということばかりに焦点があたるという、不可解な出発をした。
 座長となった清水誠東京大学名誉教授が、「この委員会は、有明海再生について考える場」だと強調する。
 モニターテレビで委員会を公開、議事録もインターネットに載せるなどこれまでより情報公開が進んだ。
 第1回目の会合では委員の一人である福岡漁連・荒牧会長は、大臣に「一人でも発言したら水門を開ける。あなたが言えばいい」と言われたとおりに、ひたすら主張を繰り返した。
 長崎県はこれでは公正な第三者委員会ではない、諌早干拓だけでなく有明海全体を考えるべきと要望する。
 一方、長崎県でも漁獲高が三分の一ほどにまで減少して、仕事として漁が成り立たないと訴える島原・有明の漁協では、水門開放に賛成する。
 そもそも委員会の結論が出る前に、松岡勝利副大臣は長崎県に水門開放について説明に飛ぶという混迷ぶり。
 3月13日に開催された第2回目には、防災効果を信じる町民たちが参考人として発言。農水省が地元民と漁民との対立構造を演出しているように見えた。
 公開されていない資料がたくさんあると思われるものの、農村振興局から「環境影響評価と環境モニタリング」の資料が配られた。
 流況、海底地形、低質、水質等の変化に基づく定性的予測で事業が漁業におよぼす影響を予測。その結果を「諌早湾内には影響を及ぼすものの、他の有明海の海生生物や漁業には、ほとんど影響を及ぼすものではない」としている。環境モニタリング調査等の結果にも、「環境影響評価の予測結果と明確に異なる変化は認められていない」と記されている。
 これについて、佐賀県漁連の山崎会長は「少しおかしいのではないか、我々の実態と違う」と質問。福岡県漁連の荒牧会長も、「海で仕事をしていれば平成11年以降、すべてが減少していることがわかる。実際に起こっていることをどのように説明なさるのですか」と、これまでの調査に不満を隠さない。
 第三者委員会委員の一人で、干拓事業について、干潟を失うことで発生する魚介類への被害を警告してきた長崎大学の東幹夫教授は、「諌早湾外では、底生動物や魚介類の調査さえ行っておらず、底層の観測データがないので、潮止め後の水域環境変化と干拓事業との因果関係を考察する道を農水省自らが閉ざしている。これでは、事業の影響を事後調査で実証することが不可能です。それにも拘 わらず事業と水域環境変化との因果関係が明らかでないとして湾外海域への影響を認めようとしない農水省の態度はとても納得できません」という。
 農水省には、これまでの調査結果が的を外れていることの反省がない。調査当時、価値について算定方法がないと、あえて無視した干潟の価値についても評価しないままである。
 3月9日、水門開放絶対反対を主張する長崎県からの陳情団が農水省を訪れた際、金田英介農水大臣政務官は、「地元の皆さまのご要望ご支援で、共に手を携えて生命・財産を守るため防災事業を進めてきました。優良農地を造成するという使命もございます。2490億円もの農水省の事業費を使って中止をしては責任問題です」と、発言した。
 そのとき長崎県民からは、「農水省のお金じゃないぞ、税金だぞ」との声がかかった。まさに、これほどの税金を使って何をしているのかが問題なのである。
 「第三者委員会」 の学者たちに有明海再生の方法を考えてもらいたいと下駄を預けるが、休耕田が4割という時代に広大な干潟をつぶして「優良農地」がほんとうに必要なのか、防災にほかの方法はないのかという見直しもせずに、子々孫々に残す海の再生だけを考えてくれというのは虫の良すぎる話である。
 旧堤防の改築を50年も放置して防災事業の完成を待ち望まされた長崎県の住民も、また被害者である。防災対策をせずにすぐさま、水門を開けてもらったら困るのは当然である。
 有明海では、多くの漁民の『海』という財産が失われた。自民党がさも親切そうな顔をして用意した数年間は無利子という500万円の融資金も、来季もノリができなければ漁民たちは返すあてがない。すでに、逼迫した状況に自ら命を絶った漁民もいるという。それほどに漁民たちは追い詰められている。まさに、何千人という有明海の漁民たちが生命・財産の危機に陥っているのである。
 3月27日に開かれた第3回「第三者委員会」は、水門開放調査は必要と結論をだした。それも、長期でやらなければ意味がない、と。ただし、その前に現状調査が欠かせないと強調。
「それでは、秋のノリ種付けに間に合わない」と三県の漁連会長たちは反発。これまで有明海全体の調査をしてこなかった農水省の怠慢が混乱を招いている。
 九州農政局国営事業管理委員会に設置される事業再評価のための「第三者委員会」もこれから開かれる。
 農水省も国土交通省も、漁民をごまかすのをやめて、真剣に海のいのちを考える時期に来ているのではないだろうか。(たかはし・ゆりか ルポライター。著書『誰のための公共年金か』(岩波ブックレット)他)

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 法学セミナー(日本評論社)2000年11月号 

川辺川ダムにささった三つの「法のトゲ」

―利水・漁業権・治水をめぐって                      保屋野初子

 地元民が望まない農業用水。地元民が自らの体験から信用できない治水。そして地元民がまっ二つに割れている漁業権。建設省がごり押しを図るダム計画が、日本の公共事業と司法に、大きな問いを突きつけている。21世紀の日本の姿を決める分岐点だ。

“判断”を放棄する条文解読マシーン―農業利水裁判

 9月8日、熊本地方裁判所である公共事業に対する判決がくだった。件名は、「国営川辺川土地改良事業変更計画に対する異議申立て棄却決定取消請求事件」。建設省直轄の多目的ダム、川辺川ダムから農業用水を引く「国営川辺川土地改良事業」をめぐり事業変更の手続きに違法性があったとして、対象農家4000名のうち約2100名 (補助参加者も含める)が計画の取り消しを求めて農水省を訴えていた。事業の「受益者」であるはずの農家の過半が原告団に名を連ねるという異例の裁判。公共事業の「公益性」とは何かが問われる裁判として注目を集めた。

 しかし、熊本地裁の杉山正士裁判長が読み上げた判決主文は、「原告らの訴えをいずれも却下する」「原告らの請求をいずれも棄却する」。報道によると、たった1分で判決主文を言い渡して退席したという。「20世紀最後の百姓一揆」と集会のたびに訴えてきた梅山究原告団長は、「百姓一揆は21世紀まで続けていく」と決意を新たにせざるをえなかった。

 そして9月22日には、一審原告の約9割が控訴した。

 この判決の要旨と主な問題点を点検していこう。

 「手続きミスは認めるが適法」の根拠は

 「国営川辺川土地改良事業」は、最初 の基本計画が一九八三年に採用され、1その後、事業対象面積を3590ヘクタールから3010ヘクタールに縮小 する変更が1996年4月に決定された。国営事業として成立する最低面積3000ヘクタールをぎりぎり保った「縮小」だ。この事業は、用排水事業・ 区画整理事業・農地造成事業の三つから成り、いずれも計画変更には対象農家の三分の二以上の同意が必要である (土地改良法87条の三@)。原告団は、この同意手続きに暇庇があったことを理由に、計画の取消しを求めて異議申立てをしていた。

 どのような暇庇があったというのだ ろう。原告団によると、「同意を取るべき対象農家を一部落としたまま同意署名集めが行われたり、本人の知らないうちに第三者が無断で同意署名をしたり、また100名近くの死者の署名まで存在することが明らかになったうえ、さらに水代はタダとか、事業に参加するしないは後からでも自由に選択できるなどという虚偽の説明によって無理やり同意書に署名させられてきた」という。その証拠に、同意直後に行われた署名で「同意撤回」した農家が459名にものぼっている。

 被告である農水省は、裁判の中でこれらの暇癖を認めたものの、「一部にミスがあったが、取得手続全体には影響しない」と主張したのだ。熊本地裁はどう判断したか。

 「同意署名簿にも三条資格者(筆者注:土地改良法87条の三@に定める事業対象資格者)として記載されていなかった者が多数生じたことは被告も認めるところであって、被告がした三条資格者の確認には、当初計画以降の三条資格者の変動を把握するのに十分でなかったところがある」が、「その暇庇の程度は大きいとはいえず、……恣意的に特定の者を三条資格者から除外しようとしたような形跡はうかがわれない。……著しく適正を害しその主旨を没却すると認められるような暇庇があるということはできない」。

 法手続上の暇庇があった事実は認めるが、取り消すほどのものではないと判断したのである。しかし、100人近い死者の署名、騙しと言えるような説明による同意の取り方が「大きいとは言えない」程度の暇庇だろうか? 被告・農水省の言い分そのままで、裁判所としての「考察」の跡はどこにも見られない。原告団が「農林水産大臣の違法な手続をいわば救済したもの」と非難するのも当然である。

 事業の必要性、説明方法も「行政の裁量」

 原告団が取り消しを申し立てる一つの事項に「事業の必要性がない」がある。これに対する熊本地裁の判決は、行政庁の広範な裁量に任されている」に尽きた。なぜ行政の裁量内なのかについては、「専門的技術的かつ政策的なのであるから」「必要性の判断が全く実の基礎を欠くとか社会通念上著し妥当を欠くとまでいえ」ないからと言う。本当にそうだろうか?

 裁判長らは、現在使われている農業水路に足を運び農家の話を聞く現地検証も行った。相良村の六角水路(1929年工事開始、65年完成。川辺川から自然取水で130ヘクタールを潤す農業用水路)にも、人吉市の用水路にも水がとうとうと流れる様子を見、川辺川に近い地域では昔から水に困ったことはないという話を複数の農家から聞いている。

 川辺川から遠い相良村の戦後の入植地、高原(たかんばる)台地ではかって水がなくて苦労したというが、その後、かんがいの要らないお茶栽培に成功し、試行錯誤の末に「日本一」といわれる“相良茶”を生み出すに至っている。原告団長の梅山さんは役場職員として、高原の入植農家とまさに苦楽を共にしてきた人だ。

 一部、ダム水が欲しいと言っている果樹農家のある地域もあるが、近くには別の川があり、その地域にのみ水供給する施設を国あるいは県が補助して行えば、計画対象地とされている地域での農業用水問題は解決できるはずだ。

 それこそが「社会通念上」妥当な考え方ではなかろうか。それがなぜ「専門的技術的かつ政策的なもの」であり、「事業の必要性の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上著しく妥当を欠くとまではいえず」ということになるのか?

 行政の説明義務についても判決は、事業の必要性に対すると同じくらい広範な行政の裁量を認めた。実際、農家が受けた説明は、国営事業の導水管から各農地に水を引くには自己負担をともなう県営や団体営の事業が必要であるのに負担はゼロというものだったり、変更計画が役場で実質2日間しか公告縦覧されなかったり、また、合意署名を取られた後申し立てた行政不服審査では、法律で定められた期間内に異議申立て人全員の口頭審理を行わなければならないのにその機会をきちんと与えなかったなど、相当に杜撰な説明だったことが、農家側から指摘されている。

 しかし判決は、「三条資格者に一定の事項を説明すべきこととする明文の規定を設けていない」とか、「四六回にわたって三条資格者に対する説明会を実施したことや、右説明会における説明の内容、パンフレットの交付状況などから」「説明の内容・程度には自ずと限界が存在する」といった理由を挙げて「違法とまではいえない」とした。実態を無視し、説明の形式のみから「行政の裁量」を無批判に認めたことには、被告・農水省でさえ驚いたことだろう。

 これらの判決の問題点をまとめると、

(1)法律の条項に書かれた文言だけを適法・違法の判断基準におき、文言の趣旨等を考慮した解釈はないに等しい。

(2)事業の必要性の判断、行政の説明責任はすべて行政の裁量に委ね、説明を行ったという「形式」のみがあれば適法とし、農水省の意図的な「カタチだけの説明」を追認するための判断となっている。

 要は、行政のすることへの司法の介入を徹底的に避けたということである。司法の行政に対するこのような態度は「司法消極主義」と呼ばれ、日本では嫌というほど繰り返されてきた。中学校の社会科教科書にゴチック体で書かれていた憲法の「三権分立」 は空念仏に過ぎなかったのかと、国民は社会にでて思い知らされるわけだ。

 そして裁判所は、この件において“裁判所自身による”判断や基準をまったく示さなかった。なぜ法律は「三分の二以上の同意」を求めているのか、説明努力を義務づけているかといった法の趣旨、その本件への当てはめの実質的な考察が100%抜け落ちているのである。

 これでは、行政権のみがコントロー ルする現在の国の公共事業問題に対して、司法は「われ関せず」、その必要性はすべて「行政自身が決めること」と放り投げたも同然である。逐条的読み取りを文言上でやるだけならば、今やパソコン・ソフトでできるかもしれない。

 川辺川判決の問題点を結論づければ、現実に起きている問題に対し司法がなんの解決能力ももたないということだ。というより、現実問題に対して“判断”をしないと司法自身がまたも宣言した。法によって社会に絶えず起こる紛争の解決を図り、また行政や立法の権力を「法」という普遍的な基準をもってコントロールする「法の支配」を貫くために司法は存在したはずだ。その両機能ともを司法自身が放棄したことを意味しよう。

 このような「三権分立」システムしか持てない国民はいったいどうしたら自分たちの権利を守ることができるのだろう。司法が行政にモノ言わぬ“法文読取マシーン”に堕したのだとすれば、国民は自分たちの権利を守るためには法律の文言を変えていくことでしか対抗できないことになろう。

 漁業権はどのような性質のものか

 川辺川ダム計画に刺さったいくつも のトゲのうち、最大にして最後のものが「漁業権」だろう。五木村を国が水で沈めるため、残るはダム本体着工だけだ。工事用道路、工事中に川の水を通す仮排水路も完成し、すぐにも着工できる状態にある。しかし、着工によって下流で影響を受ける漁業者の同意がまったく得られていないため、先に進めない。外堀は埋めたが本丸に攻め入れず、といった硬直状態が続いていた。ところが、10月2日、建設省は建設大臣に対し、川辺川の漁業権の一部を含めた土地収容法に基づく事業認定を申請し受理された。

 そもそも漁業者の同意とは何か。川辺川、本流の球磨川でアユを中心に川漁を行う球磨川漁協(組合員約1900人)が、ダム建設を同意(注1)し、ダム着工による損害に対して支払われる漁業補償に応じるということだ。この法的手続きは、99年から数回にわたる建設省の呼びかけにもかかわらずまったく進展がなかった。漁協が交渉拒否をしてきたからだ。

 しかし、組合員が一枚岩で交渉拒否を貫こうとしてきたわけではなく、時間を追うごとに交渉拒否(ダム反対)派と交渉受入(ダム容認)派との対立が激化している。9月にはついに漁協の臨時総代会が3回にわたって開かれ、補償交渉委員会の設置と理事の改選が行われた。委員会が建設省と交渉を始めようとした矢先に「収容」の脅しをかけられたわけで、「同意」への道のりを建設省自らが遠のかせたことになる。

 どちらにしても漁業権問題の本質は何も変わらない。これまでダム建設にともなう漁業補償はほとんど金額レベルで片づけられてきたが、ここ球磨川では明らかに違っている。「漁業権はどのような性質か」という「法」の根源的な論争になりつつあるからだ。それは同時に、漁業補償交渉の主体は漁協なのか、漁民ひとりひとりなのか――という問いでもある。

 最高裁判例にかなりの落ち度

 建設省と漁民の中のダム推進派がとる「社員権説」という立場を支えるのは、平成元年7月13日に出された最高裁判決(以下、最高裁判決)の見解だ。対して、ダム反対派は「総有説」という歴史的・慣習的に維持されてきた考え方に立つ。これを理論的に支える熊本一規・明治学院大学教授は、「漁業権の神様」と言われた元水産庁の故・浜本幸生氏が築き上げた壮大な漁業権論に立つ。浜本氏は今年刊行された『共同漁業権論―平成元年7月13日最高裁判決批判』(まな企画出版)という800ページに及ぶ遺著で、平成元年の最高裁判決の見解をあらゆる角度から分析し批判している(注2)

 川辺川ダムで言う「漁業権」とは、内水面つまり川で漁業を行う権利のことで法的には「共同漁業権」と呼ばれるもの。漁業法に「共同漁業権」は「一定の水面を共同に利用して営むものをいう」(第6条5項)とある。これをどう捉えるか、だ。

 伝統的に日本での共同漁業権の性質は、「入会的権利」であるとされてきた。共同漁業権が漁業協同組合に属する場合も、組合は管理権能を持つにすぎない、単なる形式的権利主体であって、実質的な漁業を営む権利・収益権能は組合構成員の各人に属する「総有」 であるという理解である(総有説)。明治34年に制定、43年に全文改正された旧漁業法でも「地先水面専用漁業権」と「慣行専用漁業権」という形で引き継がれた。が、昭和24年に新しく制定された漁業法(昭和37年改正)でこれらが「共同漁業権」となったとき、「総有」の性質が継承されたかどうかに論争があり裁判でも争われてきた。

 平成元年の最高裁判決は、二審までは争われてもいなかったこの点にまで踏み込んで、「共同漁業権は、古来の入会漁業権とは全く異なる性質のもの。

これが法人である組合に帰属するのは、法人が物を所有する場合と全く同一であり、組合員の漁業を営む権利は、組 合構成員としての地位に基づくもの」という見解(社員権説)を示したのだ。

 そして、補償金の配分方法が問題になっていたこの事例では、総有説の帰結である漁民の全員一致ではなく、漁協総会決議で決めるべきだとした。判決は、歴史的に漁業権は「入会的権利」(総有説)と認めながら、現漁業法では社員権に変質したと結論づけたのである。

 これほどの歴史的転換にあたる大見解を出すにあたって、その論拠はどう組み立てられたのか。それが最高裁判決では、現漁業法と旧漁業法との比較検討をまったくせずに、現漁業法の制度をら列しただけでいきなり社員権説を導き出した。「現行の法制度のいかなる規定か、いかなる理由によって、入会漁業権の性質を失わせしめるに至ったかについては全く判示がないのである」(『共同漁業権論』)。

 さらに、『共同漁業権論』は最高裁判決の驚くような落ち度を指摘する。判決が、漁業法の「共同漁業権の定義」(民法の入会権の規定に酷似し、この規定について、漁場は漁民総有の入会漁場である旨の水産庁の解説も出ている)をはじめ、「漁業権は、物権とみなす」、「組合員の漁業を営む権利の侵害者に対する罰則」、そして水産業協同組合法の「組合の目的」という、いずれも共同漁業権の本質にかかわる重要な規定を外して判決を組み立てていることを明らかにした。脱落した規定のみによって構成すると、当然に「総有説」になるのである。著者の浜本氏が述べるように、この判決は、故意にかどうかわからないが、「社員権説」を構成するよう都合よく辻褄合わせしているように見える。

 補償問題の在りかが違ってくる

 『共同漁業権論』の中で、「社員権説」とともに「すべて誤り」と結論づけられているもう一つの最高裁見解は、「漁業補償金は、漁業協同組合に帰属するが、総会の特別決議によって組合員に配分する」というもの。共同漁業権が「総有」であるならば、「漁業協同組合に帰属する」は明らかに間違いだ。これについては、昭和41年の故我妻栄・東京大学名誉教授によるいわゆる「我妻鑑定書」の見解がある(注3)。共同漁業権が「総有」であると認定した上で、「その補償金は、当該漁業権の主体である実在的総合人に、分割されない一体として、帰属し、その実在的総合人を規律する慣行的規範(おそらく全員一致の協議を原則とする)に従って分割されてはじめて、その構成員たる漁民に帰属するに至ると解すべきである」とした。

 鑑定書はまず第一に、「補償金は協同組合の財産となるのでない」とし、「とくに組合員全員による分割の合意のない限り、分割されない単一のものとして存在するものである」と結論づけた。

 この点に限らず、歴史的関係も含め広く検討し精微をきわめた我妻鑑定書の「総有説」をくつがえすには、相当の反証が必要なはずである。最高裁判決はそれにひと言も触れることなく、いとも安易に「漁業協同組合に帰属する」とやってしまった。

 「川辺川・球磨川を守る漁民有志の会」の吉村勝徳さんらは、「われわれは過去のダムで甚大な被害を受けてきたからこれ以上のダム建設に反対している。建設省がもし違法を承知で強制着工でもしようものなら、漁民の財産権を暴力的に奪うことになるのだ」と強く抗議している。漁協のダム推進派でさえ一部漁業権の強制収容方針には当惑する。自分たちの財産権が交渉もなしに押さえられるという筋書きは想定していなかったからだろう。

 自民党でさえ公共事業の見直しをぶち上げざるを得なくなった20世紀最後の年。真の見直しとは、このような一つ一つの手続きを本当の意味での「法」から問いなおすことに他ならない。

 ダム治水の危険性とは?

 最後に治水について、紙幅も尽きてきたので簡単に触れることにする。川辺川ダムの主目的は治水である。見てきたように、この公共事業は地元の農業・漁業から大きな抵抗を受け、「法」の見地からもいくつもの問題を孕んでいる。そして治水についても地元住民から疑問が投げかけられている。とくに、下流の人吉市民は川辺川ダムにひそむ危険性について不安と不信感を募らせる。

 人吉市域で球磨川は、現在、最大で毎秒4000トンまで流せるが、川辺川ダムには毎秒5160トンを流せる非常用の放水口が着く計画だ。ダムが非常放水されるのは、満水となり堤決壊を防ぐ必要のある場合と考えられるが、そのような洪水時には人吉での流量はすでに能力いっぱいに達していると予測できる。そこにさらに5000トンもの水が来れば人吉市はひとたまりもない。

 じつは、似たような状況が現実に人吉市で過去に起こっていた。1965年(昭和40年)7月3日に起きた「七・三水害」時のかつてない急増水・氾濫は、球磨川上流にできた市房ダムの放流が原因であったと、地元の被害者たちは体験的に確信している。七・三水害は、70年代ころ頻発したダム管理ミスを追及する水害訴訟に訴えられる要素をもっているのだ。

 洪水時でのダム放流は、ダムによる洪水調節機能が限界を超えた時点でダムが“凶器”へと変わる危険性を秘めていることから避けられない性質のものだ。だとすれば、川辺川ダムの「治水」は、それだけで下流域での水害要因となり、河川管理者に災害の発生防止を義務づける河川法への「違法性」を孕むということができよう。

 川辺川ダム計画に刺さった三つの「法のトゲ」は、深く根源的なものばかりだ。今、地元の人々がこの計画に抵抗し続けているのは、この国の司法レベルを超えた意味での「法」をまっとうするための闘いだと理解できるのである。 (ほやの・はつこ ジャーナリスト)

 

◆地元の運動へのカンパ送り先

●川辺川の原告団長梅山究 肥後銀行多良木支店 普通1250998

●川辺川・球磨川を守る漁民有志の会 吉村勝徳 郵便振替01760―9―90480

⇒ http://kawabe.technologic.co.jp/

 

注1:法学セミナー掲載時「漁業権の一部放棄」と書いたが、その後、本文を読んで、熊本一規明治学院大学教授から「ダム建設の際に一部放棄が行われたためしはありません。「漁業権の一部放棄ではなく」「ダム建設への同意」です。」とのご指摘をいただいた。また、その後、高橋ユリカさんの「世界」2001年5月号の「ドキュメント 瀕死の海が伝えたこと」のなかでも、熊本教授の「組合員全員の同意がなければダムはできない」「補償金を受け取るのは漁協ではなく組合員一人ひとりである」という説明に、意を強くした地元ダム建設に反対する元組合長・三室勇氏が語った次のひとことに、この同意の意味が示されているので引用しておく。

 「……1950年代に球磨川本流の上流に市房ダムができるときの補償金締結の署名簿を探し出した。
 「確かに三分の二の組合員ではなく、ちゃんと全員の署名がありましたね」 反対派漁民たちは、市民の応援も得て、ともかく補償契約について委任状に署名をしないようにと運動を展開した。
 川漁師四代目で「川辺川・球磨川を守る漁民有志の会」代表の吉村勝徳さんも、「これなら絶対にダムはできん。一人になっても最後まで闘うことができる」と、勢いづいた反対派の思いを語った。
 こうした説明を「一学者の私見にすぎない」という建設省やダム推進派の発言に、熊本教授は水産庁から幾度も見解を取り続けた。
 2000年8月2日には、水産庁は、「補償契約の締結にあたっては関係組合員全員の同意をとるように、との通達に基づく指導は今後も引き続き行う」 などの確認をしている。」                               戻る

注2熊本教授は、浜本幸生著「共同漁業権論」が余りに膨大、で一般の読者には難解この上ない書であることから、同書の重要な論点を分かりやすくQ&Aにより解説した『公共事業はどこが間違っているのか?―早分かり[入会権・漁業権・水利権]』熊本一規著(2001年12月、まな出版企画発行・れんが書房新社発売)が発刊されている。                                 戻る

注3我妻栄の総有説を論じた「鑑定書」の全文、及び浜本氏による「鑑定書解説」は、浜本幸生監修著『海の『守り人』論』(1996年、まな出版企画発行、れんが書房新社発売)に掲載されている。                    戻る

 

 

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