浜に生きる 20


MANA―essay,interview

神田優さん 高知県柏島・黒潮実感センター

 

SATOUMI
里海ってなんだろう?

 

柏島遠景 Photo by MANA(C)

 

 高知県宿毛市からバスで五十分の距離に柏島がある。高知市から四時間。柏島の旧中学校校舎を拠点として活動するNPO法人・黒潮実感センターのリーダー神田優さんを現地に訪ねた。センターを拠点として「島をまるごと博物館にしよう」というフィールドミュージアム構想とは、どんな経緯から生まれたのか。神田さんが行動の目的として掲げる、「持続可能な里海づくり」とは何を目指すものなのだろう。そして、「里海(さとうみ)」とはどういうものなのだろう。ざっくばらんにお話をうかがった。

かんだ・まさる profile
1966年高知市生まれ。高知大学農学部で魚類生態学を学び、東京大学海洋研博士課程修了。農学博士。現・高知大学非常勤講師。学生時代から高知県大月町柏島をフィールドに研究を続ける。柏島を"島ごと博物館"にというフィールドミュージアム構想をもって1997年島に単身移り住み、2002年NPO法人・黒潮実感センターを設立、センター長に就く。同センターホームページは→here

 

運命的な柏島と人々との出会い


Q大学で魚類生態学を学ばれたそうですね。

  高知市で生まれ、父親の仕事の都合で大阪に行きますが、高知の自然が好きで、幼稚園のころから将来は生物学者になると答えていました。その思いを持ち続け、大学は高知大学農学部に入学しました。

Photo by MANA(C)

  専門課程を選ぶとき、海や川で泳ぐことが大好きでしたから、迷うことなく"魚類学"に進みました。大学では、生活費を稼ぐために、ダイビングのインストラクターで講習したり、釣った魚を干物にし、さらに六百坪の畑で野菜を作り、干物や野菜を無人市で販売しました。高知市には「良心市」という市民が市を出せる制度がありました。私の作るものは、すぐ売りきれるほど人気でした。

Qすごい。神田さんの行動力が、現場で新しいジャンルの仕事を切り開く道に向かわせたのですね。

  いえ、そんなかっこいいことではないですよ。高知大学の教官になりたかったのですが、なかなかポストに就けず、研究員をしていました。いくつかの出来事が重なり、柏島との関係が強まるのです。
  まず、専門課程の山岡耕作教授との出会いがありました。先生は、エコモルフォロジーという生態学と形態学をいっしょにした生態形態学が専門でした。私のテーマも、フィールドワーカーの姿勢をいかすために、藻を食べる魚たちにターゲットを絞りました。卒論は、グレやメジナの仲間が藻を食べる摂食行動と魚の形態との関係をテーマに選び、修士・博士課程を通して、藻食魚種の生態形態学的研究に没頭しました。

柏島の海と人に魅了される


――フィールドが柏島だったのですね。

 一回生の時に初めて柏島の海に潜りました。いい意味で、期待を裏切られたのです。温帯の海を想定していたら、目の前の海の景色は、サンゴが元気一杯に広がり、魚の種類も数も非常に多い。むしろ亜熱帯に近い環境で、魚が人を恐れず、魚と人の距離が近いのに感動しました。
 修士課程時代には、島に空き家を借りて四ヶ月間寝泊りしました。そのとき島の人の暖かな対応に接して、こんなにも人情の厚い場所があるのかと、島の魅力に引き込まれたのです。
 山岡先生が所長をしていた海洋生物教育研究センターが土佐市宇佐にあり、黒潮圏の研究をする拠点として柏島に支所を作る計画がありました。私も、そこで研究ができればと思っていましたが、文部科学省の大学整備の方向が変化して計画は実ることなく流れました。

――関係者は落胆したでしょう。

 そうです。大月町で計画断念の報告会に私も出席しました。実は、その席で、
「なにも大学がこなくても、世界的に貴重な柏島の価値が下がるわけではない。民間でも、町独自でも海洋生物を研究するセンターを作ったらどうか」
という発言をしたのです。

決意!単身で島に住み込む


――ここから島との関わりがドラマチックに変化していく。

 博士課程を終え一研究者に過ぎなかった私の提案など"絵に描いた餅"程度にしか受け取られなかったと思います。
 しかし、この日から山岡先生と何度も話し合い、柏島に単身乗り込み拠点づくりを始める決意を固めます。先生も、応援していただき送り出してくれました。一九九七年、一人からのスタートでした。
 三年後に廃校になることがきまっていた柏島中学校の校舎を拠点に利用したいと考えていたこともあり、当時の田中校長のご好意で、教室の一室を「地域交流室」という名目で常駐させてもらいました。田中校長から一四人いた生徒に、海のすばらしさと環境を守ることの大切さを学ぶ「環境教育」を担当してほしいと頼まれます。願ったりかなったりでした。
 島を拠点にしてやりたいことが二つありました。
 ひとつは、すばらしい島の自然を守りたいということです。研究成果を島の人たちに還元するお手伝いをしたかった。
二つ目は、次代を担う子供たちに、地元の海のすばらしさは「日本で一番」「世界で一番」であることを知り誇りを持ってほしかったのです。

黒潮実感センターの設立へ


――地元の反応はどうでしたか。

 1998年、大月町や地元の方々とともに「黒潮実感センター準備委員会」が、町長を会長に発足します。当初、私は、 "島がまるごと博物館"構想を町長に提言しますが、研究するためだけに予算はつけられないと消極的でした。行政の仕事は地域振興にあるというのです。
 それならば、環境保全と地域振興のどちらを目的にするかの議論を続けるより、二つを同じ土俵で考えればよいだろうと考えたわけです。もともと環境はだれが守るのかを考えれば、地元の人が地域を守ってはじめて環境保全です。この町に住む人の暮らしが成り立たなければ意味がない。
 こうして地元のかたと話し合いながら、三つの柱が出来上がりました。

@地域に根ざした調査研究。成果を地域に還元するために、地元参加の「海洋セミナー」「環境教育」「生涯学習」に役立てる。

A地域振興の一翼を担う。特産品の販売や海洋資源の活用、豊かな漁場づくりのお手伝いをする。

B環境保全活動の拠点として自然と暮らしを守る取り組みをする。

 応援をしてくれる島の人も増え始め、2000年に任意団体として発足、2002年にNPO法人「黒潮実感センター」として認可されることとなったのです。

「実感」から「行動」へ


――ところで「実感」とは何ですか。

 三つの柱を言い換えてみると、@は、自然を正確に把握する取り組みです。つまり自然を「実感する」ことから始めるということです。Aは、自然を活用する暮らし作りです。Bは、自然を守ることが、暮らしを守ることにつながるということです。

磯の観察会

(C)黒潮実感センター

産卵礁に産卵にきたアオリイカ

(C)黒潮実感センター

 いろいろなジャンルの自然科学者や社会科学者にも島について研究してもらい、その成果を地域に還元し、地域の良さを島の人に「実感」してもらいます。実感してもらえたら、次のステップに進みやすい。
 いろいろな実感体験の機会を用意しています。島の人が参加する「里海セミナー」では、講師の方に、子供にもわかる平易な言葉を使ってもらうようにお願いしています。
 島の外の人に島の産物を知ってもらおうと「里海市」のお手伝いを始めました。郷土料理「ブリのへらずし」を用意したら、おとしよりが懐かしいと並んで購入する予想外の反応がありました。
 さらに、アオリイカの産卵礁設置には、山から広葉樹のヤマモモ・ウバメガシを刈り柴漬けとし、さらにヒノキの間伐材も利用しました。この作業には、こどもにも参加してもらい、また礁の設置には、一般ダイバーに要請し海中作業を担当してもらいました。アオリイカが、産卵期に礁に現われ柴に産卵しました。この光景はダイバーにとって感激的であったと喜ばれました。
 漁獲減に悩んでいた島では、イカ釣りが蘇りました。島では、イカ釣りは婦人たちの仕事で、干したスルメは貴重な収入源ですから、ダイバーたちに感謝の言葉を口にするようになりました。
 そうした実感体験の有機的なつながりこそが、フィールドミュージアム構想の目指すものであり、人と魚との共存という「里海づくり」につながっていきます。

持続可能な「里海」づくり


――それでは神田さんが使うようになった「里海」とはなんでしょう。

 沖縄やそのほかダイビングに適したきれいな海は各地にありますが、この柏島は、人の暮らす浜のすぐ近くに世界に誇れる海がある。こういう人と海と魚たちの関係がある柏島は、島の人たちが、海を大事にしてきて、海とのいい関係をはぐくんできたからこそあると思うのです。
 ここはガラパゴス島ではなく、昔から漁業やいろんな職業の人が海からいろいろなものを得て暮らしが成り立ってきた島なのです。
 サンクチュアリ的に隔離された環境なら、人を入れないように制限して守ればよいのですが、ここは違います。「人が暮らし続けている島だからこそ環境も保全される」という考えがポイントになるのだと思います。
 これこそが、里海です。人の暮らしを最大限便利な方向に向かうベクトル(力=矢印)と、その反対にベクトルが働く自然保護があるとすると、その間を揺れ動くのが「里海」でしょう。

便利な暮らし 里海 環境保全

 里海は、一点に定まるものではなく、自然環境と人の暮らしによって、どちらにも揺れ動くファジーな関係にあります。この揺れる関係を、つねに島の人たちに実感してもらい、私たちやダイバーなどと一緒に考えていくというのが、「里海づくり」の考え方なのです。
  

エピローグ―台風16号が襲った日の取材でした。校舎の窓が割れ、倉庫が破壊、島中停電、転覆した漁船も出ました。こんな時に、対応していただいた神田さんや島の人々のご好意にお礼申し上げます。「黒潮実感センター」を応援する島の有志が作る「友の会」が「里海ファン」を募集中です。年会費:個人3000円・団体2万円。郵便振込:黒潮実感センター友の会。口座01670-3-5200。

インタビューア MANA・なかじまみつる

JF共水連機関紙「漁協の共済」2004年10月号・116初出・一部加筆訂正して掲載しました。

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