浜に生きる 18
水吉郁子さん ガラス造形作家
水中に光る魚の姿を表現したい
ガラスのランプシリーズ
「クラカケモンガラ」
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さかなを光で表現する。ガラス造形作品「さかなのランプ」シリーズの作品展の紹介記事を読み、会場で一抱えもあるさかなたちが、光に浮かぶ造形を見て、思わず引き込まれてしまった。造形と光の巧みな組み合わせによって、水中にいきる魚たちを表現する作家が水吉郁子さんだ。いったい、ガラスという素材で魚をどのように形作っていくのか、アトリエに伺い、技法や、制作にいたる思いな、どをうかがった。
●みずよし・ゆうこ profile 1983年東京造形大学テキスタイルデザイン学科卒業。服飾デザイナーから,いつしか光を表現するガラス造形の世界にはいる。パウダーフュージング技法による作品で1996年日本現代ガラス展入選。海にふりそそぐ光と魚の造形を表現した「さかなのランプ」シリーズを発表。魚のランプ作品の他,皿や花器,顔を表現した作品を発表してきた。作品群は,URL:http://www.glasscom.com/yuko/からみることができる。現在川崎市在住。 |
なぜガラスの魚なのですか? |
Q――魚をガラスで表現するようになったきっかけは、どのようなことだったのですか。
わたしは、大学ではテキスタイルデザインを選びました。服飾デザイナーですね。卒業してからも、はじめに勤めた会社には、その仕事で入りました。
もともと、テキスタイルの世界で、天女の羽衣伝説のイメージである、空気に溶けこんだような色彩と肌合いを表現できないかなあと思っていました。絹糸を使った織物には独特の透明感のなかに、包んでいるものの質感、存在感が浮き出ている感じがしませんか。
私は子どものころから野山を走りまわるのが大好きで、地面にへばりついて、蟻んこやらミミズやら草花についている芋虫をじっとながめていると、時間がたつのも忘れてしまうような子だったのです。結婚してからも、庭先で小さな虫なんかをふと眺め続けていると、ダンナから「へんなヤツだなあ」なあんて、いまでもいわれてしまうんですよ。生き物が大好きなんです。
それに海が好きで、よく海辺の散歩に行きますが、そのうちダイビングをするようになり、海中の魚たちが泳ぎまわる姿にぞっこんになりました。海中にさしこむ光の帯が、泳ぐ魚を照らしている世界にいる自分の視点から、魚の生命のフォルム(造形)を表現したいと思うようになりました。
ガラスに辿りつくまではいろいろ試みましたが、ガラスの造形というのは、私が絹織物で表現したかった光と布をまとう人を透かして映し出す存在感に結果として似ていたのです。
自由に素材を操って創作をしたいと、会社を辞め、フリーの活動をする道に入り込んでしまいました。
光が魚にイノチの灯をともす |
Q――ガラスの魚をランプとして、背後にある照明をともすと、魚に生命が宿った感じになります。
ランプといっても、いわゆる照明器具として作ったものではありません。ガラスで魚を作り、それを展示し、見てもらうために、作品であるガラスの魚の後ろ側から照明をあててみたのです。
すると、魚の造形とガラスの凹凸と、色とが融合していい感じだなあと。なにか、イノチの灯がともったような効果もあるのではないですか。別に、照明用につくるのではない、そんなランプの魚があったっていいじゃないかとなったのです。
使っていただく方に用途を決めていただければ、それぞれにまた活きてくるの かもしれません。
Q――これまでにどんな魚を作ったのですか。
このアトリエにある、完成している最近作があります。これは、アジアアロワナといって、インドネシアなどの川に棲んでいます。アマゾン川のアロワナと同じ種類ですが、赤い色が特徴ですね(写真<上>―水吉さんに灯りをともした全長で60センチもあるアジアアロワナを持ち上げてもらった)。
Q――鱗の赤、黄色や背鰭、胸鰭の透き通った質感が、灯りをともすことで、また違った生物をみるようです。
ホームページ(プロフィール参照)に、ほとんどの作品を載せていますからご覧になっていただければ判るとおもいますが、アナハゼや、イソモンガラ、タテジマキンチャクダイ、イロブダイ、キツネダイなどです。ダイビングをしにあちこちでかけて、印象に残った魚もあれば、水族館でスケッチした魚もあります。
印象に残った魚を、図鑑で確認し、何枚ものスケッチを書いてイメージを固めていきます。色彩あふれる熱帯・亜熱帯にすむ魚を選んできましたが、なかでも、幼魚のほうが色合いがきれいで、私は大好きなんです。
パウダーフュージング技法つて? |
Q――ガラスの魚を作る過程を教えてください。
絵の具のように、いろいろな色合いのガラスの粉が原料になります。一言でいえば、魚のレリーフを石膏でつくり、その立体の形をもとに平面図に書きなおし、その図の上にガラスの粉を砂絵を描くように置いていき、電気の炉で焼き上げて作ります。
Q――デッサンの段階のご苦労とか、とくにどの様に立体感や色の溶け具合をだすのか、もう少し詳しくお聞きしたいです。
まず、ダイビングの際に、“わー素敵、この魚を描きたい、作りたい”というのが、はじめにあります。魚のことについて、専門の詳しい方に聞いたり、図鑑でしらべ、デッサンします。何枚ものデッサンから、作りたい魚の石膏型を作ります。
この石膏型は、さかなを横から見たレリーフ.(浮き彫り)ですから、これを型にして、平面図に描きなおす作業がけっこう苦労をするところです。私は「測量する」といっていますが、縦横高さや立体のゆがみなどを測り、平面に描き直すので、この図を「展開図」といっています。つまり設計図ですね。
陶でできた陶板という「棚板」の上に設計図をおき、仕上がりの色を想定したガラスの粉を砂絵を描くように図面の上に大小のスプーンで置いていきます。これを800度の炉のなかで燃焼させ、平らな魚の形をしたガラスの板ができあがります。
この板を、もともとの石膏型の上にのせて、若干低い温度の750度で溶かし立体形に戻し、完成です。
Q――魚の平面図なんておもしろいですね。どの作業の部分がとくにプロの技といいますか、水吉さんが苦労をされたところですか。
立体を平面に展開するのも経験が伴う技術が必要ですが、魚の持つ水中のなかの自然界で解け込んだり主張しあったりする色合いをどう表現するか。ガラスの粉末のときの色と仕上がりのときの色とは異なりますから、仕上がったときのとなりあわせた色と色との重なり合いの加減は、基本は色見本帖と経験によって想像しますが、陶器の釉薬(うわぐすり)のように思いもよらない効果がでたりするところが、また楽しいのです。
ウミウシの抽象模様の造形表現 |
Q――これからどんな作品を作ろうとしているのですか。
一日一作品というノルマのようなものを課してやってきたのですが、今考えているのは、カンジンスキーという抽象画家がいますね。ウミウシのあのぬめっとした、そして複雑だがどこかに計算されたような幾何模様の造形に取り組みたいとまえから思ってきました。
もともと子供のころからイソギンチャクのような生きものが大好きで、水槽で飼っていたときもあったんですが、飼育は難しくてしばらくすると死んでしまう。海に生きる魚や水棲動物たちは生きていてこそのものですよね。
お魚を数匹お皿のなかにデザイン化して溶けこませるような「さかなの皿」シリーズや印象風景などにも取り組んできました。でもやはり、ガラスという素材をまだ本当に生かしきっていないということも感じるのです。自分の視点や意思よりも、もっと自然界のなすがままの色彩や感触をどう造形表現できるか、まだまだいろいろな世界があるはずなんです。
インタビューア MANA・なかじまみつる
JF共水連機関紙「漁協の共済」2003年4月号・107掲載
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