浜に生きる 7 


essay,interview

江戸前アナゴ筒漁師 小杉鶴吉さん

 

宵ごしのアナゴには我慢なんねー

 

 浜松町駅前のとあるマンションの2階をたずねる。東京湾でアナゴ漁ひとすじの小杉鶴吉さん、今年で65歳になる。


「歳のこたぁー書くなよ。兄貴は俺よりひと回りうえで、漁師じゃー俺なんかぁまだ若造だぞ。」

 ガツンと一発先制パンチをくらってしまった。金杉橋の下にもやってある小杉丸の船上でアナゴ漁の話を聞く。
「おりゃー船には乗せない。やかましいこといって仕事になんねェーからな。いつだったかテレビの人を乗せたんだが、縄を入れたそばから“まだあげないのか"とくらあー。それ以来沖にはつれていかねーんだ。」

 もっともなことで、記者も気を入れ直して聞く。小杉さんのアナゴ筒の漁法には、他の船とは違うしかけがいくつもある。
 塩ビの灰色筒は変わらないが、ウケの部分に工夫がある。


 「いつだったか四国の四万十川にいってウナギ漁師と話をする機会があったんだが、ウナギは赤い色が好きだというんだ。ははーんとぴんときて、帰ってからさっそく筒のウケを赤い色のゴム製にしたんだ。」

 ウナギが赤が好きなら、アナゴだってきっと赤が好きのはずだ。小杉さんのカンに狂いはなかった。

 「これまでとはゼンゼン違うんだ。たんとはいったんだ。」

 

 5年前のことだったという。


 それ以来というもの、イロ気違い、ではなかった、色のとりこになって、白はどうか、青はどうか、緑は、燈はと実験を重ねる。小杉理論によると、アナゴが好む色は、寒いときが緑、だんだん水もぬるんでくると青が好きになってくるという。
 だが、何といっても「赤が一番」なんだそうである。

 小杉さんは、しかけるアナゴ筒の数も他の漁師と違って自分の流儀を持っている。


 「普通のやつらは250個もつけて、数つけりゃー入ぇーるとおもってる。おれは190個よりつけたことがない。漁の良し悪しは筒の数じゃないんだ。工夫なんだ。」

 

 という。幹縄と枝縄の長さ、筒に入れる餌も全然違うのだ。


 「餌はなぁー。こうやってイワシやらを自分でミンチにするんだ。」

 ミンチ専用の魚河岸でつかう大ナタのようなものを取り出して、「こいつでなくちゃーだめなんだ。」と実演して見せてくれた。

 小杉さんの1回の操業は、他の船の3倍もとれることが普通だという。今年は、昨年の猛暑が稚アナゴの弊死につながったのか、全くの不漁の年なのだそうだ。
 「昨年は1回で100キロはいったもんだが、今年はよくて40キロ。その分値段もいいが、とれない日もあるから水揚げは急減だわ。それでも、他の連中なんか、10キロもとれてないっちゅうからな。」.
 船に乗せてくれないならというので、操業後、築地市場へ水揚げする場を見せてもらうことにした。日によって水揚時間は変わるというので、午後6時に築地市場の活魚の水槽が並ぶ水揚げ岸壁で待機することにした。
 操業は、午後2時出港。2時間で筒を仕掛け、船上で2時間待機する。この2時間が、他の船とは全く異なる。そして夕闇迫る午後6時頃から筒をあげてしまう。 「今の若い連中は、2時間の待機の時間を遊びに使いてーんだか、朝まで海に入れて翌朝あげる。こんなひと晩筒に押し込められたアナゴなんかは痩せて値段もでないよ。筒を沈めるのは短いほどいいんだ。それで人の何倍もとるのが漁師の腕よ。」
 7時半に小杉丸が築地の岸壁に着岸する。
 「まったかい。俺は人を待たせるのがでーきらいなんだ。」
 お兄さんの小杉實太郎さんとの兄弟漁師。「海の上が男の花さ。」江戸前の漁師健在である。

MANA
――全国共済水産業協同組合連合会(共水連)機関紙『暮らしと共済』1995.88掲載

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§アナゴ筒漁法についての補注



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